大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(レ)117号 判決

控訴人 北谷厳

右訴訟代理人弁護士 野崎研二

被控訴人 甲野太郎

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和五二年八月一九日から支払済みまで年三割六分の場合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一審、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、昭和五二年七月一九日、甲野花子に対し、金一〇万円を左記の条件で貸渡し、同日、被控訴人は、控訴人に対し、甲野花子の右債務につき連帯保証する旨を約した。

(一) 弁済期 昭和五二年八月一八日

(二) 利息 日歩三〇銭

2  仮に右連帯保証の事実が認められないとしても、被控訴人は、甲野花子の右金員借入当時、同人と夫婦で同人及びその長男甲野一郎と同居していたものであり、又、右借入金員は甲野一郎の旅行費用に充てるために借入れられたものであるから、右金員借入は、被控訴人及び甲野花子夫婦の日常の家事の範囲に属するもので、従って被控訴人は、民法第七六一条により連帯責任がある。

3  仮に、甲野花子の右金員借入が日常の家事の範囲に属しないとしても、甲野花子は、日常の家事に関する法律行為につき被控訴人を代理する権限を有していたのであり、控訴人には右金員借入を被控訴人夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信じるにつき、左記の正当理由がある。

(一) 甲野花子が連帯借用書に夫である被控訴人の署名、押印を代行したこと。

(二) 金額が少額であること。

(三) 使用目的を長男の旅行費用と説明したこと。

(四) 住所が府中市内であること。

(五) 甲野花子が、自分の印鑑証明書を持参したこと。

4  よって、控訴人は、被控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五二年八月一九日から支払済みまで利息制限法所定の利率の範囲内である年三割六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、連帯保証の事実は否認し、その余の事実は不知。

2  同2の事実のうち、被控訴人が甲野花子と戸籍上の夫婦であることは認めるが、その余の事実は否認し、法律上の主張は争う。被控訴人は、昭和四八年頃から甲野花子及びその長男甲野一郎とは別居している。

3  同3の事実のうち、(一)、(三)、(五)の各事実は不知、正当理由があることは争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原審の控訴人本人尋問の結果及びこれにより甲野花子作成名義部分の成立を認めうる甲第一号証(連帯借用証書)によれば、同人は、昭和五二年七月一九日控訴人より金一〇万円を借受けたことが認められる。

二  控訴人は、甲野花子の右借入債務につき、被控訴人が連帯保証した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、右甲第一号証には、甲野花子の債務の連帯債務者として被控訴人名義の署名及び印影が存するけれど、《証拠省略》によれば、甲野花子が被控訴人に無断で被控訴人の署名及び押印を代行したことが認められるので、右甲第一号証は控訴人の右主張を認める証拠として採用できない。

三  次に、控訴人は、甲野花子の右金員借入は日常家事の範囲に属すると主張するので、以下検討する。

《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和四七年頃から甲野花子と離婚を前提に別居し、月々の生活費を同人及び甲野一郎に仕送りしていたこと、被控訴人は、別居後他の女性と同棲していたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、甲野花子の右金員借入当時、同人と被控訴人との間には、夫婦の共同生活関係の実体はなく、その婚姻関係は破綻に瀕していたことが明らかである。

次に、控訴人主張の本件金員借入の目的については、これにそう《証拠省略》は、《証拠省略》に対比し、たやすく措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

従って、他に特段の事情の認められない本件においては、右金一〇万円の借入が右夫婦の日常家事の範囲内に属するものと認めることはできない。

四  次に、控訴人は、夫婦の日常の家事の行為権限を基本代理権とする表見代理を主張するので、以下検討する。

請求原因3の事実のうち、(一)、(四)、(五)の各事実は、そもそも、本件金員の借入が被控訴人夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると控訴人が信じるにつき正当な理由とはなりえない。次に《証拠省略》によれば、甲野花子は本件借入れに際し、甲野一郎の旅行費用にあてると述べたことが認められるが、控訴人において右発言内容の真偽を確かめた形跡はなく、他に本件借入金が甲野一郎の旅行費用にあてるものであったことを認めるに足りる証拠のないことは前叙のとおりである。そうすると甲野花子の右発言は単なる口実であるかもしれず、借入金額が一〇万円で比較的少額であることは控訴人主張のとおりであるが、以上の事実のみによって、控訴人において、本件金員借入が被控訴人夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信じるにつき正当な理由があったということはできない。

五  以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 佐藤道雄 東尾龍一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例